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ヤロウ〜英雄アキレスの傷薬は万能な抗炎症剤
ヤロウ Yarrow
ヤロウは古くから止血作用を持つ薬用植物として用いられてきたハーブです。月経痛や更年期症状を改善する効果や美容分野での価値も。
学名:Achillea millefolium (アキレア・ミレフォリウム)
和名・別名:セイヨウノコギリソウ(西洋鋸草)、ハゴロモソウ
科名:キク科
使用部位:葉部、花部
植物分類と歴史
ヤロウはヨーロッパ原産のキク科ノコギリソウ属の多年草でイギリスをはじめヨーロッパ各地で乾燥した草地や放牧地、畑の脇などによく見かける植物です。葉は細く繊細で、花は白から赤っぽいものまであり、多数密集して生えています。ヨーロッパ以外でも北アメリカ、オーストラリアなど広範囲な地域に掃化していて日本でもよく育つため、近年では観賞用の交配種や品種が多く園芸種としても知られます。
花色がピンクや白で鮮やかなため、華やかで存在感がある。頭上花は花弁と見紛うほどの舌状花で、開花期は5月から10月くらいまでと長い間楽しむことができ、花と地上部は秋口に収穫し乾燥保存します。 花の形態は「散房花序(茎から上に伸びる花軸が下からついているものほど長くなり、最終的に花の高さが平面状に咲き揃うこと)」といわれるもので、花の一つ一つは小さいが、真上から見るとまるで大輪の花を思わせます。 写真 またキク科で防虫性も高いため、コンパニオンプランツ*としても取り上げられることがありますが、ほかの植物の繁殖を抑制するアレロパシーも考えられるため、野菜や草花では注意が必要です。花には多くの昆虫が飛来し、特に蜜源植物としての役割も高いです。
*コンパニオンプランツとは、益虫を呼び寄せる反面、根から分泌液を出し周囲の植物を害虫から守る役割を持つ植物をいう。
ヤロウの一般名はキク科(Asteraceae)ノコギリソウ属(Achillea)に属する植物の総称を指す場合と、特にコモンヤロウ(セイヨウノコギリソウ、Common Yarrow : Achillea millefolium L.)を指す場合とがあります。 薬用としては、millefolium L.を指します。
英名のYarrowの語源はスコットランドのゲール語の「荒れた流れ」を意味してスコットランドのヤロー川に由来する説や、根の黄色(yellow)に由来する説、ギリシャ語のHieros(神聖な)に由来する説、アングロサクソン語のgearweに由来し「治療する人」あるいは「準備する」を意味する説などがあります。
属名のAchilleaはギリシャ神話の英雄アキレス(Achilles)の名からきており、紀元前1200年頃のトロイ戦争の際、軍の兵士たちが傷をヤローで治したことに由来します。種名のmillefoliumは千枚の葉の意味で葉の形からきていて、葉が細かく1000にも分かれているところにも通じています。ここからミルフォイル(millfoil)、サウザンド・ウィード(Thousandweed「たくさんのギザギザのある葉をもつ草」)の名でも呼ばれることがあります。
日本名のノコギリソウもその葉のギザギザから由来されています。
ヤロウの葉
なお、コモンヤローの学名にはA.millefolium L.のほかに60余りのシノニム(異名)があるものの、現在ではほかの学名はほとんど使われていません。またAchillea属にはA.alpina L. (Chinese Yarrow、ノコギリソウ)、A.macrocephala Rupr. (エゾノコギリソウ)、A.tomentosa L. (Woolly Yarrow、ヒメノコギリソウ)などなど、150余りの種が知られています。 日本には古くからA.alpina L.が自生してノコギリソウの名前で定着しているため、明治に観賞用として渡来したA.millefolium L. (コモンヤロー)はセイヨウノコギリソウと区別され、単にヤロウともノコギリソウとかアキレアともいわれています。
中国では、A.alpina L. (Chinese Yarrow)のことを、漢名でシ(蓍)といい、蓍草とも書きます。日本でもノコギリソウの漢名を蓍(し)として、『本草和名(ほんぞうわみょう)』、『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』などの平安時代の文献には、和名「女止(めと)」として記載があります。また、A.millefolium L. のことを洋蕃草とも呼ぶこともあります。
ヤロウの歴史
ヤロウは人との関わりの最も古いハーブの一つで、紀元前6万年頃のネアンデルタール人の埋葬洞窟から花粉の化石が見つかっているほどです。また前述の通り、傷薬として使われるようになった由来がアキレスの軍の兵士たちが傷をヤロウで治したことが叙事詩『イーリアス』に記されています。
伝説ではアキレスがトロイア戦争で負傷した兵士たちの傷を止血する目的で、彼の師である半人半獣の神・カイロン(Chiron)からこの薬効の教えを受け、兵士たちに効能を説いたといいます。 このように紀元前から止血剤や傷薬として使われていたわけですが、5世紀頃になるとイギリスなどでは薬草園では欠かさずに植えられたハーブでした。家庭の主婦たちも庭で育てたこの草をスティル・ルーム(乾燥室)で乾燥しては家族のためにやけどや切り傷に効く軟膏を作っていました。
中世になるとこの草に悪魔を遠ざける強い魔力があると信じられ、結婚式の花束に盛りこまれます。これはこの草の力で7年間の幸福が約束されるからといわれ、「Tussie Mussie(タッジー・マッジー)」と呼ばれるお守りのハーブたちです。具体的にはヤロウのほか、フェンネル、ローズ、ヒソップ、ミント、オレガノ、チェリーセージ、タンジー、ラムズイヤーなどが使われています。
タッジー・マッジー
イギリスのハーバリスト(薬剤師)の一人、ジョン・パーキンソン(John Parkinson, 1567年 – 1650年)は「確かにこの草は鼻血を止める」と書き残していますが、その効能からヤロウはノーズブリード(nosebleed「鼻血」)という別名をもちます。イギリスのイーストアングリア地方に伝わる恋のおまじないででは「逆に恋がかなうならヤローで鼻血が引き起こされる」といいます。
原文 ”Green arrow, Green arrow, you bear a white blow.(グリーンアロー、グリーンアロー、白い花を咲かせる草よ)If my love love me, my nose will bleed now” (いとしい人が想っていてくれるなら、私の鼻から血がほとばしる)Greean arrowはGreenYarrowの訛りだそうです。
またヤローをフランネルの布に縫い込んで枕の下に入れて眠れば未来の妻、夫が現われるという恋占いもあるそう。
このヤロウ(セイヨウノコギリソウ)が日本に渡来したのは1887年(明治20年)とされますが、株分けで容易に栽培できるし、土質も選ばず繁殖力が強く、今では地域によっては野生化しています。 古くは奈良・平安の頃には吉凶を占う占術にノコギリソウの真っ直ぐ伸びた茎が重要な役目を果たしていました。1708年に著された『大和本草(やまとほんぞう)』には、「筮占(ぜいせん)を為す者は、諸名山、霊山の産を用う」とあり、有名な山で採れた真っ直ぐな茎50本を利用して「筮(めどき)占いを意味する」を作って占っていたが、後にノコギリソウよりマメ科のメドハギが使われるようになり、さらに今日では、竹を使うようになったので「筮竹」(ぜいちく)の名前となったといわれます。
安全性と相互作用
安全性:クラス1(適切な使用において安全) 相互作用:クラスA(相互作用が予測されない)
(Botanical Safety Handbook 2nd edition アメリカハーブ製品協会(AHPA)収載)
学術データ(食経験/機能性)
ヤロウは前述の通り、アキレスが傷の手当てに使ったことから、古くから殺菌力があり、傷を治すハーブとして、民間療法でも活用されてきたハーブです。 止血以外にも、解熱、鎮痛、かぜの緩和、下痢止め、血圧低下、膀脱や腎臓、肺の治療などに用いられてきました。
葉をそのまま傷口にあてがう方法のほか、粉末にして軟膏にしたものを用い、また葉と花で作るハーブティーは薬効に富んだお茶として飲まれる一方、冷まして傷口の消毒にも用いられてきました。それ以外にも強壮効果に優れているほか、生の葉を噛むと歯痛を静めるといい、リウマチの治療にも使われていました。 ノルウェーでは、昔から蜂蜜や糖蜜で甘くしたヤロウティーが好まれていました。
また19世紀に記された『園芸百科』(Cyclopaedia of Botany)の中に「税金のかからないタバコが吸いたかったら、乾燥したヤローの葉が最高だ」と書かれていて、当時はタバコの代用にも好まれたようです。 乾燥した葉はスナップ(snuff)という嗅ぎ薬にもなり、そのきりっとした香りは「老人の胡椒」(Oldman’s pepper)と呼ばれています。
食材としても利用され、若葉は爽やかな風味があるが、大きくなるにつれて辛みがましてくるため、刻んでサラダに加えたり、つけ合わせに使っていました。またホウレン草のようにゆでて食べることもできます。 さらにスウェーデンではフィールド・ホップと呼ばれ、ビールの醸造に古くから利用された歴史があります。加えてリキュールの風味づけにも用いられています。またフランスでは、「聖ヨハネのイブの薬草」と呼ばれ、病気を防ぐためにそれを門口に吊るす風習があったようです。
アイルランドでは、ドルイド(ケルト人社会の祭司)がヤロウで天候を占っていたほか、恋占いにも使われていた。ヤロウを枕の下に置いて寝ると将来の結婚相手の夢を見ることができるといわれていました。 その他、新大陸のネイテイブアメリカンにとってはヤロウは最も重要な薬草のひとつであり、地上部を止血、鎮痛、解熱、利尿、催眠に利用したり、腫瘍や感染症、胃障害に用いたりするほか、ヘアリンスにも用いられてきました。
一方、アジアでは中国で生のハーブを傷口治療のハップ剤として用いられ、全草の煎出液は、胃潰瘍、無月経、膿瘍に処方されています。漢方でも血を活かす、風を去る、止痛する、解毒する等の効能があって、打撲傷、リウマチ痛、腹腔内の積塊を治すとされ、痙瘤腫毒、打撲傷、痔癒出血、月経不順などに利用されています。
ヤロウの機能性
このハーブを特徴づける成分はアズレン前駆物質を含む精油成分と苦味質、それにアピゲニンなどのフラボノイド類です。
アズレン前駆物質であるアキリシンはジャーマンカモミールにも含まれる有効成分のひとつであるカマズレン同様消炎作用の成分です。
アキリシン
ヤロウを水蒸気で蒸留するとプロアズレン(前駆物質)が発生します。これは消炎作用においてジャーマンカモミール(カミツレ)のマトリシンからプロアズレン(前駆物質)であるカマズレンが発生するメカニズムに非常によく似ており、抗炎症作用を持ちます。このメカニズムは、口内炎や歯周病の治療に使われる歯みがき粉にも活用されているのでご存知の方も多いかもしれません。
マトリシンからカマズレンの生成
またヤローは、ちょっと苦いハーブで苦味質のアルカロイド成分アキレインが含まれます。 そのため苦味健胃剤として働き、胃腸を整え、食欲を回復するという働きが期待できます。
また心身に気合を入れる(強壮)ように働くので病中病後に使うとよいと考えられ、ドイツの「コミッションEモノグラフ」では収斂、抗菌作用に加えて内用で、鎮痙、利胆など、胃・腸・胆系の機能障害による食欲不振や消化不良に対するトニック剤として記載されています。一方、英国ハーブ薬局方では発汗、消炎、止血、通経作用が記載されており、内用で風邪や胃腸の不調に、外用で消炎作用と抗菌作用を生かして治りにくい傷や皮膚の炎症への局所的な使用をあげています。
ヤロウがヨーロッパで古くから止血・創傷治癒薬で用いられてきた背景にはタンニン成分が多いハーブであることに由来すると思われます。加えてサリチル酸も含まれるため、炎症を鎮め、痛みを和らげ、傷を癒すという結果につながるのでしょう。
民間療法としてリウマチに用いられてきた理由はこの辺りの相乗効果が関与してきているのだと考えられます。 その他にも英国ハーブ薬局方では、外用として生理痛などの骨盤周囲の痙攣や自律神経系の緊張状態に坐浴での適用が認められています。
前述でも触れたましたが、古く日本ではノコギリソウを「女止(めと)」と呼んでいました。 その頃から女性の不調に対しての効能が知られていたのでしょう。また精油は「ヤロウブルー」と呼ばれ青色をしていて、心身のリラックスに使うことも出来ます。ジャーマンカモミールから水蒸気蒸留によって得られたカマズレンを「アズレンブルー」と呼ぶのと同じです。
これらの香りは不安・緊張・神経疲労などストレス緩和に利用され、それらに由来する不眠・感情抑圧を和らげる香りなので、仕事や人間関係のストレスを感じる時や煮詰まってしまっているときなど利用してみてはいかでしょうか?
さらに美容分野では、抗炎症作用以外にメラニン生成抑制の働きが期待され、エステラーゼ活性阻害作用の化粧品原料としても利用されています。
エステラーゼはエラスチンを分解する酵素であり、通常はエラスチンの産生と分解がバランスすることで一定のコラーゲン量を保っていますが、皮膚に炎症や刺激が起こるとエステラーゼが活性化し、エラスチンの分解が促進されることで皮膚老化の一因となると考えられています。昨今、化粧品の原料分野では皮膚のハリ・弾力を維持するエラスチンの変性防止に、エラスターゼの活性を抑制することが重要と注目されています。
ヤロウエキスは、ゼニアオイ、タイム、ヤーコン、ローズヒップなどの植物エキス同様、このエステラーゼ活性阻害作用が報告されています。 女性の方はご自宅でも植物美容法の一つとして、ヤロウの化粧水を作ってみてはいかがでしょう?
ヤロウを摂取する際の注意点
ヤロウは日常的に使える消炎、殺菌、収れんを特徴とするハーブですが、循環器系では血圧、静脈瘤、血栓症の予防にも利用され、また利尿作用は膀脱炎や過敏性膀脱炎、結石、尿砂などに効果があるとされています。 そのため理論的にはこれらの作用を有する医薬品との相互作用が考えられますが、上記のような通常食品に含まれる量を経口摂取する限りは問題ないと思われます。
ただし妊婦の方は堕胎および月経周期に影響を与える作用があると考えられているため、避けるべきです。
またキク科アレルギーの人は使用を避けるようにします。 ヤロウは黄ヤローなども観賞用として多く出回っているため、薬用でないハーブ、学名のはっきりしていないものは植物療法としては、服用しないようにしましょう。
(文責 株式会社ホリスティックハーブ研究所)
参考文献(書籍)
「デイオスコリデスの薬物誌」デイオスコリデス著
「基本ハーブの事典」北村佐久子著 東京堂出版
「中世の食生活」B・A・ヘニッシュ著 藤原 保明 訳
「中世ヨーロッパの生活」ジュヌヴィエーヴ・ドークール著 大島誠訳
「修道院の薬草箱」ヨハネス・G・マイヤー、キリアン・ザウムほか著
「ヒルデガルトのハーブ療法―修道院の薬草90種と症状別アドバイス 」ハイデローレ・クローゲ著
「広範囲の本草学書」ジョン・パーキンソン著
「モーリス・メッセゲの美の植物療法」モーリス・メッセゲ著
「日本薬草全書」田中俊弘著 新日本法規
「健康・機能性食品の基原植物事典」佐竹元吉ほか著
「メディカルハーブの辞典」 林真一郎編
「Botanical Safety Handbook」 アメリカハーブ製品協会(AHPA)編
「The complete New Herbal」 Richard Mabey著
「The Green Pharmacy」 James A Duke著
データベース・公文書等
NIH National Library of Medicine’s MedlinePlus Proceedings of the National Academy of Sciences
健康食品データベース 第一出版
Pharmacist’s Letter/Prescriber’s Letterエディターズ 編 (独)国立健康・栄養研究所 監訳
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