目次
ミルクシスル〜肝臓を守るハーブとして利用されてきたハーブ
ミルクシスル Milk thistle
マリアアザミこと、ミルクシスルは古代ギリシャ以降、食材として、自然薬として人々の肝臓を守ってきたハーブです。
学名: Silybum marianum
和名・別名:オオアザミ(大薊)、マリアアザミ
科名:キク科
使用部位:種子
植物分類と歴史
ヒポクラテスが研究していたことでも知られるミルクシスルは、キク科オオアザミ(マリアアザミ、シリブム)属(Silybum)に属し、和名はオオアザミで、マリアアザミやオオヒレアザミともよばれる。
学名はSilybum marianum (L.) Gaertnが一般的だが、このほかにS.maculatum (Scop.) Moenchや、Silybum属以外にも、多種多様のシノニム(異名)がある。Silybum属には2種しかなく、ミルクシスルのほかにSilybum eburneum Coss. & Durieu (silver milk thistle、elephantthistle、ivorythistle)があり、これらの雑種も知られている。
しかし、これらはひとつの種にくくれるとし、Silybum属はS.marianum (L.) Gaertn. 一種とする説もある。 thistleやアザミという言葉は、キク科の中のアザミ連やチコリ連の一部に用いられる総称で、アザミ連にはSilybum属以外に、Breea(アレチアザミ)属Carduus (ヒレアザミ)属Carlina属Carthamus(ベニバナ)属、Centaurea(ヤグルマギク)属ノアザミなどのCirsium(アザミ)属Cnicus属、アーティチョークやカルドンなどのCynara(チョウセンアザミ)属、ルリタマアザミなどのEchinops(ヒゴタイ)属、Noto basis属、Onopordum属などがある。中国では伝統的中薬としてミルクシスルはなく、アザミ類では、ダイケイ(大薊)こと、のあざみ、(ノショウケイアザミ)、小薊(アレチアザミ)、苦芙(ヤナギレンザケィヒレンアザミ)、蓮座荊、飛廉などがある。
このように、さまざまな亜種も多いミルクシスルだが、元々は地中海沿岸原産で、現在ではヨーロッパ、アジア、アフリカはもとより、オセアニアや新大陸にももたらされ、全世界に広がっている。野生化したものが外来雑草として駆除対象になっている地域もあるようだ。
日本には江戸時代に観賞用として渡来した。外来種ではあるが、薬草であるだけでなく、繁殖カ・生育が旺盛で、観賞性もあり、刺による防犯効果も期待でき、ほぼ一年中、全草を食用にできる。 属名のSilybum(シリブム)は、ディオスコリデス(古代ギリシアの医者、薬理学者、植物学者)が『De Materia Medica libriquinque (マテリア・メデイカ)』の中で記載した「アザミに似た」という意味のギリシャ語の「sillybon」、さらには大プリニウス(古代ローマの博物誌家ガイウス・プリニウス・セクンドゥス)が『博物誌』に記載した「sillybum」に由来している。
マテリアメディカのsillybon
英名に用いられているthistleや和名の中のアザミもアザミに似ていることからつけられている。種名のmarianumや英名のMary、milk、和名のマリアの名は、葉の白い模様が、ミルクがこぼれたように見えるため milk thistle(thistle=アザミ)と呼ばれる。これは聖母マリアがイエスとエジプトを出発する際、授乳の場所を探していたとき、この植物の葉でできた小屋を見つけ、うっかり刺に触れてしまい、イエスに捧げていたマリアの母乳が葉の上にこぼれ散り、母乳が葉の斑紋(はんもん)になったとする伝説に由来する。
このように西洋ハーブにはローズや、ローズマリー、マリーゴールドなど、聖母マリアの名前を冠したものが多い。
開花期以外はロゼットを呈し、直根で、短縮茎から根出葉を出し、根出葉の広がった径はlm以上に達する。ロゼットを形成している根出葉は、長さ60〜80cm、幅10〜30cm、深い切れ込みのある羽状複葉で、縁辺は波打って、裂片の縁には鋭い歯牙しが(刺)が並んでいて、無毛で光沢のある葉の向軸面(表面)には大理石模様のよく且立つ白い斑紋が菜脈に沿って出るのが特徴だ。また種は、赤い花の部分が、タンポポのような綿毛となり、風で運ばれていく。
葉の白いスジと綿毛の種
ミルクシスルの歴史
ミルクシスルの歴史は大変古く、ギリシャ時代にはすでにヒポクラテスが研究をしていたといわれるほど。また植物についての歴史上初の研究書「植物誌」を書いたことで植物学の祖と崇められたテオフラストスは「Pternix」の名で紹介している。
前述のディオスコリデスは、蛇にかまれたときのためにティーを用意しておくようマテリア・メディカの中で述べている。さらに大プリニウスは、このジュースが胆汁の分泌を促進すると記述している。(当時のローマ人たちはミルクシスルを野菜として栽培し、その樹液に蜂蜜を加えて、胆汁の分泌を調整するために利用していた。)
中世にはドイツの修道女で自然療法家でもあったヒルデガルト・フォン・ビンゲンもミルクシスルを治療に用いた歴史が残っている。また近世のハーバリストである、ジョン・ジェラードは「milk thistle」と呼び、憂鬱になる病気(melancholy diseases)に対する最もよい治療薬とした。「melancholy」という言葉はギリシャ語の「黒胆汁」に由来しており、当時、憂鬱が肝疾患に起因すると考えられていたようだ。
同じくハーバリストのニコラス・カルペパーは、『CULPEPER’S COMPLETE HERBAL』の中で「Our Lady’s thistle」と呼び、種子(果実)が肝臓や牌臓によいとし、黄疸の治療に勧めている。また春に軟らかい葉を刺を取って茄でて食べることで、血液が浄化されるとしている。フォン・ハラー(スイスの生理学者、解剖学者、医師、植物学者)は肝疾患の治療に用いた。
1960年代になると、ドイツでミルクシスルの果実(種子)からsilybin(シリビン)、silydianin(シリジアニン)、silychristin(シリクリスチン)が抽出されて、総称視としてsilymarin(シリマリン)と名づけられ、1968年にはドイツではじめて肝疾患の経口治療薬として認可されることになる。
安全性と相互作用
安全性:クラス1
相互作用:クラスA(相互作用が予測されない)
(Botanical Safety Handbook 2nd edition アメリカハーブ製品協会(AHPA)収載)
学術データ(食経験/機能性)
ミルクシスルはかつて母乳の出をよくするとも信じられてきたが、これに関しては現在のところ科学的根拠は認められていない。
現在では、果実(種子)が薬用として、サプリメントなどで多くの国で普及しているが、ミルクシスルは食べることもできる。全草がティーや料理にも用いられる。果実(痩果)はティーやローストしてコーヒーに、葉は棘があるが、チクチクするところを切って茹でれば、ほうれん草の代用品にもなる。サラダやスーフ、パイ、ミルク煮などに、根は生か、茹でてバターとからめる、あるいは半茹でにしてあぶり焼きにする。春には、柔らかい新芽が出るので、根元から切ってその「毛羽」を揉み落としてから茹でてバターをからめるといい。
茎は皮をむくか、一晩漬け置いて苦みを取ってからアスパラガスのように煮込むようにする。花は茄でて、アーティチョークやカルドンのように利用される。
ミルクシスルの種と葉のサラダ
ミルクシスルの有効成分としては、 シリマリン、リノール酸、オレイン酸、ミリスチン酸などが知られているが、特にフラボのリグナン類であるシリビニン、シリジアニン、イソシリビン、シリクリスチンなどの総称であるシリマリンが知られている。シリマリンの50〜60%がシリビニンだ。
シリビニン
肝臓を守るハーブというが、実際は以前ご紹介したアーティチョークのような肝臓の機能を助けるというよりは、既に弱った肝臓、肝硬変や脂肪肝など、傷ついた細胞膜の修復能力がメインだ。この能力が2000年以上前から民間薬として肝疾患の治療の目的で利用されてきた理由だ。伝統的な使用法は、1日3〜9g程度の潰した種子をお湯で煎じて、これを1日数回に分けて服用する。シリマリンは水に難溶性であるため、摂取量を高める目的では、すり潰した種子を料理や飲み物に混ぜて種子そのものを摂取する方法が適している。そのほかにも肝硬変、慢性肝炎、脂肪肝、アルコール性肝疾患、胆管炎や胆管周囲炎、胆汁うっ滞(胆汁が止まってしまうこと)に効果があり、さらに胆汁の溶解度を高め、胆石を治す効果などもあると報告されている。またウイルス性肝炎やアルコール性肝炎あるいは肝硬変の患者を対象にした複数の臨床試験でシリマリンの肝機能改善効果や延命効果が確かめられている。代表的な機能性をいくつか整理しておく。
●肝臓機能障害の軽減効果
肝臓の機能には大きく分けて4つある。一つ目が食品から摂取したたんぱく質、糖質、脂質という三大栄養素を体内で利用するために、様々な形に合成(代謝)して血液内に放出すること。二つ目はアルコールや薬物など身体に有害な物質を解毒・分解すること。三つ目が胆汁という脂肪を消化する成分を作って十二指腸に放出すること。そして四つ目が免疫機能だ。
1970年代からシリマリンを中心にミルクシスルの肝機能改善作用の研究が積極的に行われて、シリマリンの肝細胞保護作用や肝機能改善作用の効果が科学的に証明されている。ウイルス性肝炎やアルコール性肝炎あるいは肝硬変の患者を対象にした複数の臨床試験でシリマリンの肝機能改善効果や延命効果が確かめられている。この肝臓保護作用は、肝臓の蛋白質合成を刺激する作用が知られる(肝臓がん細胞に対しては増殖や蛋白合成を刺激する効果は無い。)
シリマリンはビタミンEより強い抗酸化作用があり、肝障害の原因となるフリーラジカルやロイコトリエンやプロスタグランジンを抑制することに起因し、肝臓のグルタチオンの量を増やす効果も指摘されている。健常者においても、肝臓の基礎グルタチオン値を35%上昇させることが報告されている。α-リポ酸とミルクシスルとセレニウム(セレン)の組み合わせがウイルス性慢性肝炎や原発性胆汁性肝硬変(最近は原発性胆汁性胆管炎とも言われる。)に効果があるとの報告もある。
また強迫神経症の治療で選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ剤としても有用な可能性があるようだ。アルコール性肝障害に対しても、ミルクシスルおよびその活性成分のシリマリンは非常に高い改善効果が認められている。動物実験レベルでは、四塩化炭素、ガラクトサミン、エタノールなどさまざまな有害な化学薬品による実験的な障害のすべてに対して、ミルクシスルは肝臓保護作用を示すことが確かめられた。ミルクシスルは肝臓でのコレステロール産生を抑制するため、ミルクシスルの摂取によって胆汁中のコレステロールのレベルが低下することが報告されている。また家族性高脂血症の患者にミルクシスルを投与すると血中総コレステロールが低下し、善玉コレステロールのHDL-コレステロールが上昇することが報告されている。さらに糖尿病患者のインスリン抵抗性を低下させ、血糖を下げ、糖尿病の合併症の腎臓障害や網膜症の予防効果、空腹時血糖が有意に低下することなどが報告されている。
●毒物・薬物の肝障害軽減
アルコールや医薬品、トルエンやキシレンなどの化学薬品、毒キノコなど多くの肝臓毒性物質による肝障害に対してミルクシスルが肝臓保護作用を示すことは、動物実験のみならずヒトでの臨床試験でも確認されている。例えば、死亡率30%に上る毒キノコであるタマゴテングタケを摂取する前にミルクシスルの活性成分であるシリマリンを服用すると、かなりの確率でα-アマニチンなどの毒物中毒を防ぐことができ、毒キノコ服用後24時間後でも死亡を防ぐ効果があることが報告されている。ある臨床研究ではトルエンとキシレンの有毒ガスに5~20年間暴露された作業員にシリマリン80%を投与したところ、プラセボ(偽薬)を服用した対照群と比較して、投与した全員に著しい肝機能向上と血小板数の増加が認められた。また統合失調症や双極性障害の治療のために数種類の「向精神薬」を服用している患者に見られる薬物性の肝障害を軽減することもわかっている。2010年には、化学療法で治療中の子どもの肝疾患患者50人にミルクシスルとプラセボを用いた二重盲検試験を実施したところ、薬でダメージを受けた肝臓がミルクシスルで改善したとする報告が医学誌『Cancer』に掲載された。
●抗がん剤の副作用軽減
ミルクシスルのサプリやスープなどが、抗ガン治療のケアに利用できる。下の写真は、米国で売られているミルクシスルのオイルだ。このオイルや湯がいたミルクシスルの葉っぱを使ったスープなどが知られている。
ミルクシスルオイルとスープ 抗がん剤の多くは肝臓で代謝されるため、肝臓にダメージを与える。このような抗がん剤治療による肝臓障害に対してもミルクシスルの有効性が報告されている。放射線による腎臓のダメージにもミルクシスルは保護作ラットを使った実験でドキソルビシン(抗がん剤)の心臓毒性と肝臓毒性に対して保護作用を示すことが報告されている。
またシリマリン(420mg/1日)の投与によって全身麻酔による肝障害が予防できることが臨床試験で示されて、たんぱく質合成能を高め、ダメージを受けた肝細胞の修復や再生を促進することも報告されている。がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みと嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている。このようながん細胞に特徴的な代謝異常(ワールブルグ効果と言う)に中心的に関わっているのが低酸素誘導因子-1(HIF-1)で、HIF-1の働きを阻害するとがん細胞のエネルギー産生と物質代謝を抑制し、がん治療に役立つことが指摘されている。ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、HIF-1活性化の阻害、グルコースの取り込みの阻害、HIF-1を活性化するシグナル伝達系の阻害、HIF-1による遺伝子発現誘導の阻害など複数の作用点においてがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されており、その特徴的な抗がん作用が注目されている。このようにシリマリンは抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減する効果が期待され、さらに様々な機序で抗がん作用を示し、標準治療の抗腫瘍効果を増強する。欧米ではサプリメントとして安価に販売されており、がんの標準治療の補完医療として有用性が高いようだ。加えて副作用もほぼ見られず、有効性は多くの臨床試験で確かめられている。
<ミルクシスル利用法>
前述でもいくつか紹介したが、日本ではミルクシスルというとサプリメントが知られているが、欧米では、食事に使われる食材でもある。いくつか手軽にできるミルクシスルの活用法をご紹介したい。お酒が大好きな方、疲れやすい女性など、日々の肝臓ケアに医食同源的に役立ててほしい。 ちなみに、古代ケルト人のミルクシスルの花言葉は「性格の高潔さ」である。また「くまのプーさん」ではロバのイーヨーの好物だ。
●ミルクシスルソルト
塩とミルクシスルを1:1の割合で混ぜます。簡単に作れるのでぜひお試しを。
●二日酔いサラダ&ミルクシスルスムージー
ダンデライオンの葉っぱ、りんごスライス、できればゴーヤのおひたしも加えると良い。 その上からフェンネルとミルクシスルのタネをミルで細かくしたものをふりかける。ドレッシングはお好みで。(できればオメガ3を加えよう) スムージーはオーツ麦、バナナ、ドライタイプのミルクシスルの種子、バニラパウダー、アーモンドミルクなどをミキサーで混ぜ合わせて作ろう。 オーツ麦半カップほど、バナナ1本、ミルクシスルの種子小さじ1杯、バニラパウダー小さじ1/2、ココナッツミルク、もしくは豆乳2カップ
(文責 株式会社ホリスティックハーブ研究所)
参考文献(書籍)
「カルペッパー ハーブ事典」 ニコラス・カルペッパー(著)
「魔女の薬草箱」西村佑子著 山と渓谷社
「ハーブ歳時記」北村佐久子著 東京堂出版
「中世の食生活」B・A・ヘニッシュ著 藤原 保明 訳
「中世ヨーロッパの生活」ジュヌヴィエーヴ・ドークール著 大島誠訳
「修道院の薬草箱」ヨハネス・G・マイヤー、キリアン・ザウムほか著
「ヒルデガルトのハーブ療法」ハイデローレ・クルーゲ著
「聖ヒルデガルトの医学と自然学」ヒルデガルト・フォン・ビンゲン著
「ハーブの歴史」ゲイリー・アレン著 「ハーブ大全」 R.メイビー著 小学館
「健康・機能性食品の基原植物事典」佐竹元吉ほか著
「メディカルハーブの辞典」 林真一郎編
「Botanical Safety Handbook」 アメリカハーブ製品協会(AHPA)編
「The complete New Herbal」 Richard Mabey著
「The Green Pharmacy」 James A Duke著
データベース・公文書等
NIH National Library of Medicine’s MedlinePlus Proceedings of the National Academy of Sciences
健康食品データベース 第一出版 Pharmacist’s Letter/Prescriber’s Letterエディターズ 編 (独)国立健康・栄養研究所 監訳
論文
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00915681
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30073931
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24672644
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22797645
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21328458
最近のコメント