目次
ジンジャー〜医食同源の伝統食材は豊富な食経験をもつ
ジンジャー Ginger
日本人に馴染みの深い食材として、漢方生薬として知られるショウガは、独特の風味と辛みがあり、冷え性の改善、のどの痛みを緩和する効果などがあるとして、また妊婦さんのつわり改善の民間療法として東西で古くから親しまれてきました。
学名:Zingiber officinale
和名・別名:はじかみ
科名:ショウガ科
使用部位:根茎
植物分類と歴史
日本人なら誰でも知っているショウガは、ショウガ科ショウガ属に属する高さ30~50㎝の多年生の単子葉植物で、食用としているのは肥大した根の部分だ。茎は地中にあり、節くれだって肥大化し塊茎となる。この地下茎を食用とする。節から地上に伸び出る茎状のものは、鱗片(りんぺん)状の葉や葉鞘(ようしょう)部が重なった偽茎で、上部に普通の葉を互生し、高さ50~90㎝になる。葉身は先のとがった細長い楕円(だえん)形で、長さ15~30㎝、温帯では花をつけることはまれであるが、熱帯や亜熱帯では花が咲く。地下茎から高さ20センチメートルほどの花茎を出し、その先に短い穂状花序をつける。一般に種子はできない。ただ日本では残念ながらショウガの花はあまり見ることはできない。
原産地は諸説あり、インド南西部からマレー半島にかけての熱帯アジアと推定されているが、野生のショウガが発見されたことがないため原産地は厳密には不確定である。かつてはインドのポンディシェリの近くにgingi地方という地域があって、そこがショウガの原産地と考えられていた。それがラテン語のジンジベル(Zingiber)の語源という説もあったが、今日ではサンスクリット語のショウガ(cringa-veraシンカベラ)のペルシア語訳(dzungebir)が語源と見られている。このことからも相当昔よりショウガが栽培されていたことだけは確認されている。
このサンスクリット語の「singa-vera」はもともと「角の形をしたもの」という意味で、この言葉がショウガを指す言葉として使われていたようだ。そして「singa-vera」の語源がさらに古い言語のドラビダ語の「inch ver(インチベル)」だといわれている。ドラビダ語はインド西岸のマラバール海岸地方に有史前に住んでいたドラビダ人が使った言語だ。このようにショウガを意味する言葉の語源をたどっていくと、インド南部のマラバール海岸地方に行きつき、しかもこの地方では現在でもショウガの生産が行われていることなどから原産地はインドではないかと考えられている。ちなみにインドから、地中海沿岸を経てヨーロッパに伝わっていく過程で、ギリシャ語「zingiberis(ジンジベリィズ)」→ラテン語「zingiberi(ジンジベリィ)」→フランス語「gingivre(ジンジブレ)」→英語「ginger(ジンジャー)」となっていった。中国のお茶(チャ)が、シルクロードを通ってヨーロッパに渡っていく過程で、tyai(チャイ)te(テ)、tea(ティー)となっていったのと同じなのだろう。
生姜(しょうが)というと一般的には総称としての呼び名ではあるが、中医学での呼び名と日本漢方では微妙に異なる。
日本薬局方においては、単に乾燥させた根茎を生姜、蒸してから乾燥させたものを乾姜と区別している。また中医学では乾生姜(かんしょうきょう)とは、新鮮な生姜(鮮姜、せんきょう)に対して区別する言葉として使用されており、日本薬局方の「生姜」と同じものである。この違いは中国から日本に伝わった時の解釈の違いだろうとされている。日本と中国の呼び名の違いは以下の通り。
<日本>
生姜:乾燥根茎(別名 乾生姜)
乾姜:湯通し,または蒸した後に乾燥した根茎
<中国>
生姜:新鮮根茎(ひねしょうが等)
乾姜:乾燥根茎(日本の「生姜」に相当)茎
また食材としても日本国内では、栽培法や収穫時期などによっても呼び名が異なるのもショウガの面白いところだ。
茎の先端あたりが赤くなる品種のショウガには、房州赤芽しょうが・金時しょうが・谷中しょうがなどあり、また根の部分が大きくなる品種の大身生姜や三州芽生姜は若いうちに新しょうがとして収穫されると、甘酢漬けや砂糖漬けなどの漬物にされ食べられている。ショウガは、大きくは塊茎の大きさによって小生姜、中生姜、大生姜の3群に分けられ、さらに色々な呼び名があるので、混同している人も多いようだ。以下に整理しておく。
「小生姜」
早生で名前のとおり、小さく、ひと株400g程度。比較的収穫が多く安定している。辛味は強く、早掘りして葉生姜やはじかみなどにされるのが一般的。谷中生姜などはこの品種。生で味噌をつけて食べる他、魚料理のつけ合わせに利用されます。焼き魚に付いてくる細長く加工された生姜が「はじかみ」と呼ばれるもの。「はじかみ」は、もともとは、山椒や生姜の古称名だったが、薬味として生姜を多く使うようになるにつれて、生姜の甘酢漬けのことを「はじかみ」と呼ばれるようになっていったようだ。また小生姜は「葉生姜」とも言われる。葉生姜は、しょうがから出た芽を欠いて出荷したもので、地域などによって「盆しょうが」、「つばめしょうが」、「谷中しょうが(東京都足立区の谷中からついた呼称名)」などと呼び名も様々で、葉しょうがよりさらに若いもので軟化栽培したものを「芽しょうが」「矢しょうが」などと呼ぶ。赤い色が特徴の「金時」も「小生姜」の一種だ。
「中生姜」
中生~晩生で大生姜に比べ小さめで辛味も強い品種。繊維質が早く形成されるので、貯蔵せず主に漬物や加工品に使用されることが多い。「新しょうが」の商品名で有名だ。「小生姜」よりも太目で「房州」「らくだ」等の品種がある。
「大生姜」
晩生で茎や葉も大きく成育し、根茎はよく肥大し大きな株になる。貯蔵され、年間を通して生鮮用や漬物などに使用される。一般的に野菜売り場にある根生姜はこの大生姜になる。甘酢ガリ、紅ショウガの原料になる大粒の生姜だ。
大生姜は収穫時期や保存期間により「新生姜」「根生姜(ヒネ生姜)」に区別される。一般的には収穫したての生姜や夏頃から早掘りし出回る生姜が「新生姜」で、色は白っぽく、繊維が柔らかくて爽やかな辛味がある。「ひね生姜」は、収穫後、2ヶ月以上保管されてから出荷され、繊維質を形成し、生姜の色も濃くなり辛味が強くなっている。日本では、古来より「小生姜」が盛んに栽培されていて「根しょうが」といえばそれらのことを指すのが一般的だったが、明治時代以降栽培のしやすい「大生姜」が中国などから導入され一般的になった。新生姜は、夏(7~8月)に出回る収穫したばかりの生姜。ひねしょうがとは違い、筋が少なくやわらかいことが特徴だ。
●ショウガの歴史
原産地とみられるインドでは紀元前300~500年前には既に医療薬や保存食として人々には広まっており、のちにインドから中国に伝わっていくのだが、ただ伝わった時期については明確ではない。紀元前650年頃には既に食用とされていたという記述もある。孔子の食生活の記述に生姜の名前が確認されている。伝播した当初は揚子江よりも南の地域で栽培が始まり、後に各地にショウガ栽培が広がっていったと考えられている。中国では紀元前500年頃の四川省が産地とされており、日本には中国から2~3世紀頃に伝わっていて、奈良時代には栽培も始まっており、古事記にもそのことが記載されている。
かたや東洋のスパイスの中で最初にインドからヨーロッパに伝わったスパイスがショウガといわれ、西暦1世紀のころには薬用として知られており、西暦2世紀にはアラビア人によって紅海を経て、エジプトのアレキサンドリアに輸入され、のちにギリシアやローマへ伝わっていき、ローマ帝国では関税の対象となったほど普及した。ショウガは胡淑とともにアジアからヨーロッパヘと伝ええられた初めてのスパイスのひとつなのだ。
10世紀以降、シルクロードを通じて西洋と東洋が結ばれるようになると、アラビア商人がスパイス取引の主役となり、スパイスとしてヨーロッパに伝えられていく。もちろんローマ帝国でも普及していたが、それは薬用としての利用であり、食用・スパイスとしての利用はずっと後になる。ヨーロッパでは気候の問題もあり、栽培が難しく中世までは、主に生薬利用されていたからだ。
その後、香辛料としての利用が広まり、13から14世紀には一般的となる。そのきっかけになったのが、マルコ・ポーロだ。13世紀になって中国を訪れた彼がショウガを手に入れて以来、ヨーロッパに大量に運ばれるようになった。なぜなら、コショウが金に価するほど高価であったのに対し、ショウガは市場で売られる安価なスパイスだったからだ。マルコポーロが現在の江蘇省の蘇州や福建省を旅しているときに大量の高品質のショウガが山のように積まれているのを目撃し、驚いたと東方見聞録に記されている。中世ヨーロッパではショウガは価値のあるものとされており、コショウと肩を並べるくらいの高価なものとして認識されていた。14世紀のイギリスではショウガ1ポンドは羊一頭分の価値で取引されていたほどだ。ショウガが山積みされ、しかもそれらが安価で取引されているのを見たマルコポーロの驚きは想像できる。
ジンジャーは熱帯的な気候の土地ならどこでも栽培できるので、新大陸発見後、ヨーロッパとアメリカ大陸の間を商船が行き交うようになったころに、熱帯アメリカでも栽培され始める。1547年にはスペイン人のフランシスコ・メンドーサによってジャマイカに移植するため、西インド諸島からスペインヘ帆船で運んだという記録がある。16世紀半ば頃の西インド諸島はショウガの生産地となっていった。こうして乾燥させたショウガがアメリカ大陸からヨーロッパに輸送されるようになり、ヨーロッパでのショウガの価格は庶民でも手が出せるほどに下がっていく。今ではインドを中心にアジア全域から西アフリカやアメリカ大陸に至るまで、世界各地で広く栽培されているが中でもジャマイカ産のものが、香りが強いことから一番良質とされている。現在ではジャマイカが世界有数のショウガの生産国の一つになっている。
●日本での歴史
日本では薬味として馴染み深いショウガは東南アジアから呉の国(中国)を経て日本に渡来したとされる。日本に渡来したもっとも古い野菜の一つで、3世紀の『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』に、「倭の山にあるものとして、「薑(キョウ)・橘(キツ)・椒(ショウ)・茗荷(ジョウカ)あるも、以て、滋味と為すを知らず」と記されている。薑は姜のこと。また「古事記」には、ショウガをクレノハジカミと呼んでいたことが記されており、栽培は奈良時代より始められていた。平安時代の宮中の年中行事などを記した「延喜式」には、御供料理に使われていたことが著されている。その頃はハジカミとはサンショウ(ミカン科)を指す言葉で、「呉の国からきたサンショウ」という意味でクレノハジカミと呼ばれていたが、やがてハジカミはショウガだけを指す言葉になっていった。
中国では有史前から栽培され、乾かした乾薑(かんきょう)や生の生薑(しょうきょう)が薬に使われた。ショウガの名は生薑を呉音で読んだショウカウに由来したとされる。『神農本草経』の中品(ちゅうぼん)にも「乾薑」という記載があるが、当時は薑(きょう)或いは生姜(しょうきょう)と呼ばれていた。「しょうが」と呼ばれるようになったのは室町時代頃からで、10世紀頃には大規模な栽培が行われるようになっていたが、まだ食用とするよりは、薬で使っていたようだ。ちょうどこの室町時代の後半ごろから、徐々に食されていき、タイの刺身に酢漬けのショウガを添えるようになっていく。いわゆるスパイス的利用だ。のちの江戸時代の天保(てんぽう)(1830~1844)のころから京都や大坂で梅酢漬けの紅ショウガが組み合わされるようになる。また江戸時代には、神社の祭りにはショウガ飴やショウガ湯を売る店が立ち、特にショウガ糖はお伊勢参りの土産物として人気だった。
●ショウガの医食同源
ショウガは古代ローマの「4大常備薬」(Four Officinal Capitals)の有効成分のひとつとされる。
これらは当時の医療の重要な治療薬で、作られたのは紀元前である。この4大常備薬のひとつが、世界初の解毒剤のミトリダトウム(Mithridatum)で、約50種の有効成分が含まれ、あらゆる疾病に対する救急薬とされていた。またヴェニス・トリークル(Venice Treacle)はミトリダトゥムの改良版で、100以上の有効成分を含み、その中の多くはとくに不快なものだったらしい。のちに、暴君ネロの時代に万病薬「テリアカ(Theriac)」として発展する。また鎮痛解毒薬のフィロニウム(Philonium)にはサフラン、ジョチュウギク、ホワイトペパーとハチミツ、ケシのシロップなどが含まれていた。そしてディオスコルディウム(Dioscordium)に含まれていたのがショウガ、シナモン、カシア、ニガクサ、アヘン、スイバの種、ゲンチアナとハチミツだった。
またショウガは当時、おなじみの香辛料としても使われた。地中海の人々に好まれたのは節だらけの地下茎部分で、食品の風味づけに使われた。まず地下茎を洗ってから茄で、皮をむいてすり下ろし、刺激のある芳香を引き出した。あまり砂糖を使っていない時代には、ショウガの若い地下茎をハチミツに漬けて保存したものは格別な贅沢品だった。しかしローマ帝国が滅亡すると、節くれだった根茎も表土の薄い土壌でやせ細るままとなり、ショウガ農家はかつてないほどの貧困におちいった。そんな状態がイスラム教が登場するまで続いた。そして次第にショウガが食材から消えていくのである。あのマルコポーロが13世紀にアラビア商人とともに、中国の地で、スパイスとして再び出会うまで。コーランの中にも「銀製の水差しと、ガラスで出来た酒杯、その中にショウガの混ざったブドウ酒が注がれ、楽園の聖者達にまわし飲みされた」と記されているようにポピュラーなスパイスになっていった。そしてヨーロッパに食材として舞い戻っていくことになる。
14世紀になるとロンドンでペストが大流行し、市民の約3分の1が命を落としたと言われているが、ショウガをたくさん食べていた人は生き残っていたという話がある。そしてこのことを知ったのちのイギリス国王ヘンリー8世は、ロンドン市長に命じて、ペスト対策として生姜を食べることを奨励した。そのときに作られたのが、人形のかたちをしたジンジャー・ブレッドだと言われている。ジンジャーブレッドは15世紀には高級菓子として貴族に好まれていたが、16世紀にシェイクスピアによって書かれた劇の中には「ジンジャーブレッドが1ペニー」という台詞が出てきており、乾燥ショウガがアメリカ大陸から輸入された頃を境にヨーロッパでのジンジャーブレッドも上流階級の菓子から庶民の菓子に変わっていった。また、庶民でもショウガが買える時代になったころ、乾燥ショウガの粉末をビールやノンアルコール飲料のエールに振り掛ける飲み物がイギリスの大衆酒場で作られるようになった。これがジンジャーエールの始まりだとされている。
ところで、アジアで栽培されているショウガは、他の国のものに比べて、やや辛味刺激の少ないタイプが多いようだ。生で料理などに使われることが多いため、皮がついた状態で市販されていることがほとんどだが、乾燥生姜もかなりある。アジアで栽培されているショウガの仲間には「ワイルド・ジンジャー」と呼ばれるものがあり、せき、腹痛などの治療に使われることもある。ただワイルド・ジンジャーは、日本の一般的な生姜比べるとやや苦味があるのが特徴で、食材としてはあまり向かない。
諸外国では乾燥したショウガを料理に用いることが多いが、アジア各国で料理に使うショウガは主に生のものである。インドではカレーにも乾燥した粉末のものより、生の皮をむき、肉質をつぶしたものが用いられる。日本では生育段階でそれぞれの香味感を料理に生かしている。夏には茎葉をつけたままのショウガを早取りした「葉ショウガ」または「新根ショウガ」などの新鮮な香味を味わい、初秋の頃に収穫する「秋ショウガ」は、繊維がまだ少なく肉質も柔らかいので、味噌漬け、酒かす漬け、梅酢漬けなどに加工される。日本料理に多く用いられるのは、この秋ショウガで、剌身、煮物、焼物、冷や奴などの薬味や臭み消しに最適とされる。四季折々の日本ならではの豊かな活用法だ。ショウガは甘くすがすがしい芳香と、さわやかな辛味感に特徴があるが、辛味成分と芳香成分が含まれ、辛味成分は不揮発性でショウガオール、ジンゲロールなど。
ショウガオール(左)、ジンゲロール(右)
この辛味を有効に利用するために、加工食品用として根茎から溶剤で抽出した「オレオレジン」という辛味づけ用調味料も売られているのはご存知の方も多いことだろう。香り成分としての精油は、根茎部を水蒸気蒸留して得るが、その収量は少なく0.4から3.0%程度で、主な芳香成分はジンギベレン、リナロール、シトラール、シネオールなどで、生のままおろして使うとかなり強く匂うが、十分に乾燥させると芳香性は弱くなる。
ジンギベレン
よく料理で使われるのは肉や魚の臭み消しだが、生ショウガには消化酵素が含まれていて肉の組織を柔らかくする働きもある。また香りは産地によってかなり異なり、アフリカ産のものは樟脳臭に、インド(コーチン)産や日本産(特に金時種)などは柑橘系のシトラール臭に特色がある。魚肉の臭み消しにはアフリカ産よりも日本産のほうが、そして乾燥したものよりも生のほうが、効果が強いのはこのためだ。
ヨーロッパではショウガはむしろ甘味がある料理、パン、ピスケット、ケーキ、チョコレートなどに多用している。これはショウガのさわやかな辛味感が、砂糖の甘さを弱めるから。その場合、粉末にしたジンジャーパウダーが使われる。ジンジャーブレッドをはじめパン、ビスケット、ケーキに広く使われている。日本でも昔から京都の干菓子などに試みられており、ショウガ糖もそのーつと言える。イギリスではメロンにもこのパウダーをかけて食べるそうだ。メロンの冷たさを和らげるのと甘さを引き立てる効果がある。また保存のために生のものをシロップ漬けにしたものもある。中でも、Steam Ginger (ステム・ジンジャー)と呼ばれるものは根茎から新しくふくらんだ芽の部分を使って作ったもので、繊維が少なくて柔らかいので最高質とされている。
ステム・ジンジャー
そもそもシロップ漬けのジンジャーは中国にはじまったもので、砂糖菓子のひとつとして食べられるがヨーロッパにも伝えられ、マーマレード、プディングやケーキに刻んで加えられる。インドではこのシロップ漬けの汁で”クール・ドリンクと呼ばれる飲み物を作る。イギリスでは古くから生や乾燥したジンジャーを使ってワイン、ジンジャー・ビールなどを作ることがよく行なわれた。ヨーロッパでは,ジンジャーは料理よりむしろ甘味と合わせて菓子に用いられるのがよくみられる。さて、食の話はこのくらいにして、ショウガの機能性を少し整理しておく。
学術データ(食経験/機能性)
ショウガは、早くから薬用植物として知られ、世界中で使われており、日本でも風邪のときにショウガ湯やショウガ酒として飲んだり、すり下ろしたものを喉に当てたりして用いられていることは周知の通り。江戸時代に長崎に滞在したオランダ人医師シーボルトも日本の風邪に対する民間療法として紹介している。風邪の他にも、食欲を増進して消化を助ける健胃薬として用いられている。日本薬局方にはショウガをそのまま乾かした生姜と蒸してから乾かした乾姜が収載されているが、WHOでは中国の区別に基づいてそれぞれfresh ginger、dried gingerと英訳している。ヨーロッパでも、前述の通り気候が栽培に向かず、産物として輸入はされたが、古代ギリシア人もラテン人も料理にショウガを活用することは少なく、主に生薬として利用した。中世時代も医薬品として重要な役目を果たした。黒死病が流行した時に薬として使われた時も発汗作用に効果があると信じられていたのだろう。
イスラム時代、アラビア商人がショウガの仲介に入るたびに値段は、はね上がった。それはショウガが内服薬としても外用薬としても使える信頼性の高い媚薬だという東洋の噂が商人からから商人へと伝えられヨーロッパにも伝わっていたからだ。ショウガが早い時期からヨーロッパの修道院で治療に使われていたことは、Lorscher Arzneibuch (ロルシュ修道院薬局方)が裏付けている。その中に最もよく登場する植物のひとつがショウガだ。中世のヨーロッパでは、エデンの園にあった植物だと信じられていたほどで、その治癒力は高く評価され、気道の病や消化のトラブルから目の混濁にまて、幅広く使われていた。
ロルシュ修道院
(ドイツのカロリング王朝時代西暦764年に建てられたドイツ最古のベネディクト派修道院。)
では東洋ではどうか。中国では紀元前500年頃から薬用として利用され、発散作用、健胃作用、鎮吐作用があるとされた。発散作用は主に発汗により寒気を伴う風邪の初期症状の治療に使われ、健胃止嘔作用は胃腸の冷えなどによる胃腸機能低下防止などに使われることが多い。辛温(辛味により体を温める)の性質を持つため、中医学で言われる熱証(熱を持ちやすい体質)には用いない。大棗(だいそう)との組み合わせで他の生薬の副作用をやわらげる働きがあるとされ、多数の方剤に配合されている。乾姜(かんきょう)は興奮作用、強壮作用、健胃作用があるとされ、生姜よりも熱性が強い辛熱の性質があるとされるので胃腸の冷えによる機能障害では乾姜を使う場合が多い。
●つわりの緩和、制吐作用
いくつかの研究では、妊婦の吐き気・嘔吐の緩和に役立つという報告がある。ヨーロッパの民間療法でも妊婦のつわりの緩和にはよく使われる。ショウガが妊娠中の悪心や嘔吐を緩和させる可能性を示すエビデンスもある。また従来の制吐剤と併用することで、癌化学療法による悪心を抑制する可能性も示唆されている。
●冷え改善
金時しょうがなどに多いとされる芳香成分ガラノラクトン、辛み成分ジンゲロールなどは血管に届き、冷えなどで細くなった血管を拡張させる働きが報告されている。その結果、血液の流れが良くなり、血行不良による冷え性や体のこわばり、肩こりなども改善に有用だ。
血流が良くなると血液がきれいになり、発汗や排尿、排便が促され余分なものが排出されやすくなる効果も期待できる。ショウガ配合の商品として2016年に初の冷え改善の機能性表示食品となった伊藤園の『国産しょうが』(届出番号:A298)は記憶に新しい。機能性関与成分をショウガポリフェノールとし、ショウガの代表的な有効成分6-ジンゲロール、6 - ショウガオールを関与成分として定義している。
●炎症を抑える効果
プロスタグランジンの合成を抑える働きがあるため、抗炎症作用や鎮痛作用があるといえる。関節痛やリウマチに効果があったという研究結果も出ている。
●スポーツシーンや神経変性疾患の予防に
また昨今の機能性研究では、血流改善のほかにも抗肥満や抗炎症作用、運動の質を改善するなどの知見が報告されており、スポーツシーンに向けた提案も本格化している。この数年の機能性研究では、乾燥ショウガが認知症などの神経変性疾患の予防や進行抑制に効果的であることがわかるなど、ショウガが持つ多様な機能性は知れられるところだ。
まさに医食同源の代表的な食材といえよう。
(文責 株式会社ホリスティックハーブ研究所)
参考文献(書籍)
「ハーブのすべてがわかる事典」ジャパンハーブソサエティー著
「世界史を変えた50の植物」ビル・ローズ著
「日本薬草全書」田中俊弘著 新日本法規
「漢方薬理学」 南山堂 高木敬次郎ら 監修
「医学生のための漢方・中医学講座」入江 祥史著
「スパイスのサイエンス」武政三男著
「スパイス完全ガイド」山と渓谷社
「スパイス物語—大航海からカレーまで」 井上宏生著
「ハーブ&スパイス大事典」National Geographic Partners, LLC
「アーユルヴェーダのハーブ医学―東西融合の薬草治療学」デイビッド フローリー
「新版 インドの生命科学 アーユルヴェーダ」上馬塲 和夫 著
「健康・機能性食品の基原植物事典」佐竹元吉ほか著
「新しい薬用植物栽培法―採収・生薬調製」佐竹元吉ほか著
「医学生のための漢方・中医学講座」入江 祥史著
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「フィトセラピー植物療法事典」フォルカー・フィンテルマン、ルードルフ・フリッツ・ヴァイス著
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データベース・公文書等
NIH National Library of Medicine’s MedlinePlus Proceedings of the National Academy of Sciences
健康食品データベース 第一出版
「BG Plants和名一学名インデックス」(YList)
Pharmacist’s Letter/Prescriber’s Letterエディターズ 編 (独)国立健康・栄養研究所 監訳
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