女性の味方、天使のハーブ〜アンジェリカ

アンジェリカ angelica

アンジェリカは天使のハーブと呼ばれ、風邪や気管支炎、胃腸の不調におすすめです。 Angel herbs for women (angelica)

学名:Angelica archangelica L /A.officinalis (アンゼリカ・オフィキナリス) 和名・別名:セイヨウトウキ(西洋当帰)、ヨーロッパトウキ 科名:セリ科 使用部位:根部


植物分類と歴史

アンジェリカはヨーロッパを中心に、古くから薬用・食用のハーブとして用いられています。 本種はヨーロッパトウキとかセイヨウトウキという種類で、欧州各地、北欧・東欧・シベリアおよびグリーンランド等の湿原やアルザス地方などの山地にも自生する。草丈は大人の背丈以上に2m以上にも成長する。明るいグリーンの葉は艶があり、茎は太く、初夏に黄色がかった緑色の散形花序の花が咲きます。イギリスではフラワーアンンジにもこの大きな花がダイナミックにいけられたりしています。 一般に二年草といわれていますが、種子が出来る前に花穂を切るなどすれば、もっと長くもつようです。寒さに強い植物でもあるため、スカンジナビア地方では貴重な野菜として利用されています。元はアルプス、ピレネー、ボヘミア等の寒冷地で自生していた植物であり、現在のように欧州諸国に広まったのは、北欧からヴァイキングがもたらしたためとされます。それ以外の仲間として、日本に自生する、猪独活(シシウド)、明日葉(アシタバ)をはじめ、世界に80種ほどが知られています。葉は大きく羽状の切れ込みがあり、初夏に黄緑の散形の花序をつけます。生育は冷涼な場所を好みます。栽培では、春播きで翌年、秋まきで翌々年に花をつけます。全草に甘味、ほろ苦味と強い芳香がああります。 学名のAngelicaはラテン語の「天使」という言葉が由来で、archangelicaは、大天使という意味です。スカンジナビア地方で、ギリシャやローマの医術家たちがアンジェリカのことを研究するずっと前に、この植物にまつわる、いい伝えや神話がすでに流布していました。そのためこの植物の治癒力をたとえるのに普通の天使では間に合わずに大天使まで引っぱりだされて、Angelica archangelica (大天使の草)ということになったとされます。あるいは、中世のころ繰り返し大流行した感染症「ペスト菌」に対して大いに役立った話は有名ですが、魔法のハーブとして葉で首飾りを作って子供にかけて、病気や魔力から守る為に使ったりしていたようです。そんな時代の逸話として修道僧の夢の中にミカエル天使が現れ、アンジェリカが疫病を防ぐことを教えてくれたという伝説もあります。その聖ミカエルの日(5月8日)に花を咲かせるということも、セントジョーンズワート(聖ヨハネの草)と同様、修道院医学の中心ハーブの一つでした。

 

ところでアンジェリカと同じ散形の花序をつけていても、みな同一の種類ではないので注意が必要です。薬草で中毒にかかる可能性は少ないが、アンゼリカが属するセリ科の仲間ではその危険性があります。セリ科は約2,600種を含み、そのなかで110種が中部ヨーロッパに自生しています。 ニンジン、セロリ、アニス、レビスチクム、クミン、シャクなど仲間の多くは名高い薬草、野菜、香料植物ですが、ドクニンジン、幻覚をおこさせるケロフィルムなど猛毒を有する仲間もいるため、セリ科の植物を採取する際にはとくに慎重でなければなりません。 特に死をも招きかねないドクゼリと間違えないよう注意が必要です。ドクゼリの根はいくつかの部屋にはっきりと分かれているし、アンゼリカのセロリとパイナップルを混ぜたような芳香とは対照的な不快な匂いを発し、葉は2-4の羽状複葉で、シルエットは三角形をしています。匂いが一番わかりやすいかもしれないです。

 
ドクゼリの葉(左)とアンジェリカの葉(右)


また、ヨーロッパのアンゼリカにはさまざまな変種があって、「沼地のアンジェリカ(Angelika palustris)」と呼ばれるアンジェリカはじめじめした水郷地帯、湖沼地帯でお目にかかれます。1〜1.2mにまで生長し、花は純白だが、その近縁種であるアンゼリカほどの治癒力はないとされています。 よく目にするのは「森のアンジェリカ(Angelika sylvestris」で別名、ワイルドアンジェリカと呼ばれる種があり、森のなかだけてなく、湿原にも生えます。0.8-1.5mの高さにまで伸び、白またはほんのり赤みがかった花をつけ、葉柄には条があり、根は細く、杭の形をしています。

 
Angelika palustris
と Angelica sylvestris


このアンジェリカの仲間で漢方のトウキ(当帰)がある。今回の本編ではあまり詳しく機能性などは紹介しないが、同じ種類のハーブとして東洋の当帰について簡単に分類しておく。

●当帰(Angelica acutiloba)の分類

当帰(トウキ)はアンジェリカと同じセリ科シシウド属の植物だが、国内では生薬として使われている。種類としては日本産の種類や中国産の種類が知られる。ただ、生薬でありながら各国で使用する基原植物が異なる。日本ではトウキ( A. acutiloba)、中国ではカラトウキ(A. sinensis Diels)、韓国ではオニノタケ(A. gigas Nakai)を使用している。また生薬として、日局に記載されているトウキとはオオブカトウキ(大深当帰)を指す。オオブカトウキはミヤマトウキ A. acutiloba var. iwatensis Hikino の栽培化されたものといわれ、奈良県の大深地方で大々的に栽培されていたので、この名が付いた。しかし、現在は大深地方では栽培されておらず、オオブカトウキの名を植物名、「大和当帰」の名を生薬名として扱っている。 以前はオオブカトウキ(トウキ) A. acutiloba Kitagawa だけが日局当帰とされていたが、日局第9改正(1976年)において『トウキ Angelica acutiloba Kitagawa またはその他近縁植物』と記載され、当時、局方外であったホッカイトウキ(北海当帰)を日局当帰とした経緯がある。 以下に簡単に東洋のトウキを整理しておく。

*日本種当帰 (日局当帰)

オオブカトウキの「大和当帰」と大和地方以外の地域で栽培される「和当帰」および北海道などで栽培される「北海当帰(ホッカイトウキ) A. acutiloba Kitagawa var. sugiyamae Hikino 」がある。これ以外には日本の種子で栽培された中国産の「日式当帰」と韓国で栽培された「甘当帰」がある。 北海当帰はオオブカトウキとエゾノヨロイグサ A.anomala Lallem との交配種、またはオオブカトウキの変異種と諸説があり明らかではない。北海道で主に生産され、栽培が容易で収穫量も多いため、日局に収載された後は流通の主流を占めている。品質的には大和当帰より劣るとされるが、大和当帰に比べ安価であり製薬メーカーが主に使用し、また薬局の調剤用としても用いられる。

*伊吹山の自生当帰

日本古来の生薬の本山とされる伊吹山(1377.4m)ではイブキトウキの名前のミヤマトウキが自生している。特に、1100m付近の岩場に多く見られる。栽培種のオオブカトウキはミヤマトウキを改良したものといわれるように、花や葉、においなどの外観はほぼ同じで区別はつかない。

*日式当帰

1995年ころに A. acutiloba 系統の種苗が中国に持ち込まれ、中国で栽培された日本種の当帰で、現在中国で大々的に栽培され低価格で日本市場に輸入されている。これと比べて割高な北海当帰は市場を奪われ、生産量は激減してきている。

*唐当帰・辛当帰

韓国産の「辛当帰」は日本市場では流通していないが、中国産当帰(唐当帰:カラトウキ) A. sinensis は中医学派で少量使用されている。また中医学派では、当帰の主根(当帰頭)と側根(当帰尾)は薬効が異なると考えられ区別された商品規格がある。それ以外にも薬膳などで使われる根全体を圧縮して片状にした「片当帰」もある。韓国産当帰の基原植物はオニノダケ(A. gigasNakai)で中国東北部から朝鮮半島,(日本(九州)?)に分布。味は辛い このように生薬名は同一であっても日本と中国、韓国ではその原植物がそれぞれ異なるため日本では中国産及び韓国産当帰は使えない。センキュウの場合と同じケースである。従って中国からの輸入品当帰は日本から種子が中国に持ち込まれ栽培されたものである。

●アンジェリカの歴史

アンジェリカはグリーンランド、アイスランド、ノルウェーなどスカンジナビア地方では栽培植物として育てられていて、アンジェリカだけの本式の栽培庭園さえあったという。今日残っている12世紀の法律の文言には「アンジェリカ庭園を作った小作人は引っ越すときにはこの植物を持っていってよい」と記されていた。 またアイスランドでは専用の法律があり、そのなかでも「自分の土地と土壌以外のところに生えるアンジェリカの根を掘りだしてはならない」としてこの草を守ったという。 当時、根はこの植物が自生していなかった南の諸国に輸出する重要な交易品のひとつだったのだ。14世紀になって僧侶たちがこの根を北の地方から持ち帰り、南にある修道院の庭に植えた。これをきっかけに農家でも育てられるようになった。 前述の通り、中世ヨーロッパでは、アンジェリカの名前は天使がその秘めたる力を人間に教えてくれたという言い伝えから「アンジェリカ」と呼ぶようになった。また別名で「精霊の根」(ホーリースピリットルート)とも呼ばれ、神聖な植物として扱われ、古くからこの芳香が悪魔を退け、病気を治すと信じられてきており、「魔女の霊薬」としても用いられていた。 14世紀、医者が大量の患者を頻繁に訪問する必要に迫られた際には、アンジェリカの根をかじりながら歩いたとされる。15世紀以降、最も「有用性が高いハーブ」の一つと称され、16世紀に活躍した錬金術師・医学者のパラケルススも万能薬としてアンジェリカを評価していた。 17世紀にはイギリス王室のハーブリストにも加えられ、著名なハーバリストであるニコラス・カルペッパー(医師で占星術家)は、彼の著書の中で、「これは獅子座にある太陽の植物だ。この草が獅子座にかかり、月がちょうどよい角度になったとき、太陽の刻か木星の刻に採取するとよい。アンジェリカは太陽の力、すなわち生命力、心の力、バイタリティーを有する。獅子はこれに剛毅な本質を与えるため、アンジェリカはより広い次元て作用を及ぱし、体全体を強壮にし、土星とその病気である疫病、長患い、慢性病、硬直、気力喪失、絶望、不安に立ち向かう。これでアンジェリカの古い名前である「Ang-stwurz (不安の草))の意味がわかったであろう。弱い心と気力喪失によい草で、暗い気分に歓びをもたらすからだ。昔のスカンディナビアの歌い手たちはおそらくこれを知っていたとみえ、歌に熱狂と歓喜を表現するために、また舞台にあがるときの不安を除くためにアンジェリカの花輪を頭にのせた。この植物は彼らには熱狂とインスピレーションのシンボルだったのだ。」と記している。 アンジェリカの滋養強壮的な効果を見ていたのだろう。また、彼はアンジエリカを正確に記述するのは無意味だと考えた。なぜなら「非常によく知られていて、ほとんどどこの庭にも生えている草について、くだくだ書く必要はまったくないと思う」と記している。今日では野生化し、野外で自由になにものにも煩わされずに生い茂っている野に咲く薬草として呼吸・循環・免疫系など様々な不調改善に取り入れられている。また一方でアンジェリカは、食文化の分野でもヨーロッパに深く根付いているハーブでもあった。


安全性と相互作用

安全性:クラス2b(妊娠中に使用しない。)(適切な使用において安全) 相互作用:クラスA (相互作用が予測されない) (Botanical Safety Handbook 2nd edition アメリカハーブ製品協会(AHPA)収載)


学術データ(食経験/機能性)

アンジェリカは食用として、花、葉、茎、根、種の全てに使い道があるハーブだ。ヨーロッパでは、アンジェリカが持つ豊かな風味を利用して、料理や香りを楽しむ道具としてもよく使われている。葉を茹でて肉・魚料理の付け合せにしたり、茎をサラダや蒸し焼きにして食べたり、砂糖漬けにしておやつ感覚で食べたり、花・葉・茎を乾燥させてポプリや入浴剤を作ったり… 国によっても様々で、調べると数えきれない程の使い方がある。 いくつか紹介すると、北欧諸国では昔からアンジェリカを野菜として珍重し、茎と葉を煮て食用にしてきた。ラップ人はこの草の若い花を集めて細かく切りトナカイの乳とともに、塊になるまで煮てトナカイの胃に詰め、乾ききるまで1年間吊しておくという(チーズのようなものらしい)。 寒いアイスランドでは体のなかからよく温まるために、現在でもアンジェリカからシュナップス(アルコール度数40度以上の焼酎のような蒸留酒)を醸造する。若い葉はかぐわしい匂いがし味もよいので、ソース、魚、肉料理用のスパイスとして適している。水気の多い若い茎はルバーブのように皮をむき、柔らかく煮て、チーズとオーブンで焼いたり、ソースを添えて供する。 ルバーブと同量づつ混ぜてムースやジャムに加工することもてきる。また砂糖漬けにしてケーキを焼くときに加えたり、あるいは飾りとしてアイスクリームやお菓子に散らしていた。また、中世の貴族のレディーたちは、鼓腸を治すため、この葉を噛むことがよく知られていたし、根、種子から採れるエッセンシャル・オイルは香りがよく、リキュールをはじめコーディアルという蜂蜜を加えた甘い飲みものの香りづけに用いられた。またオイルはジャコウのような香りがするので香水としても好まれた。茎は砂糖漬けにして食後につまんだり、種子は暖炉でゆっくりと燃やされ、部屋の空気を甘く香らせた。 どれもかつてのレディーたちがいかにも好みそうな甘い楽しみ方ばかりである。現在のヨーロッパでもアンジェリカといえばまずケーキやパン菓子の飾りによく見られるきれいな緑色の砂糖漬けが馴染み深い。

砂糖漬けとケーキ

日本ではフキで代用されたりするようだが、本来は5から6月に採れるこのハーブの柔らかい茎で作る。下ゆでした茎を砂糖のシロップで煮てから乾かし保存するが、その独特な甘みを含んだ風味はこのアンジェリカならではだ。この茎ばかりでなく、葉、種子、根までも調理用に使われる。葉や根は魚料理の香り付け、特にルバーブ、オレンジママレードといったジャムの風味付けが最も広く使われている。殊にルバーブとともに煮ると、酸味を柔らげ、砂糖の使用量が少なくてすむことから、糖尿病、肥満予防に役立つハーブとして、イギリスの家庭ではスイート・シスリー(Myrrhis odorata)同様、最近改めて見直されている。種子はそのエッセンシャル・オイルがべルモット、ジンといったアルコール類にまでも加えられ、独特な風味を醸し出している。ジンではジュニパーベリーが一般に使われるが、香りが似ていることからアンジェリカを代用として作る地方もある。ドイツ、ライン地方の白ワインでマスカットの爽やかな風味のものもある。あとアンジェリカといえば、薬草酒である。修道院医学の薬の重要な位置を占めたのが薬草酒だ。各修道院がオリジナルの薬草酒を作り、今でもブランド化している。なかでもアンジェリカで有名な薬草酒を一つ紹介しておく。薬草酒やその歴史については第21回の修道院が手に入れた魔女の秘薬、薬草酒の回で触れているのでご興味のある方がご参照いただきたい。

アンジェリカで有名な薬草酒「ベネディクティン」

世界最古の薬草系リキュールで中世ヨーロッパの修道院で作られた。カクテル好きの方なら、ご存知の方も多いだろう。1510年フランス北西部ノルマンディ地方にあったベネディクト修道院で多種のハーブを調合した長寿の秘酒が発明された。(フランスのベネディクト派の僧、ドン・ベルナルド・バンセリーによって1501年につくられた。レシピが現存するものとしては最古のリキュールと言われる。)



蒸留酒にジュニパー・ベリーやアンジェリカ、シナモンを始め、27種の香草や薬草を漬け込んで製造される。ベネディクティンのハーブは門外不出とされ、詳しくは公開されていないが、幾つかのハーブは知られているが、中でも独特の香りを与えているのが、アンジェリカだ。 特にベネディクティンには消化促進・風邪・腹痛・生理痛として利用される薬草で重要な原料の一つだ。現在でもベネディクティンはマスター・ハーバリスト(薬草の責任者)が世界中から品質を吟味して選んだタイム、サフランなどのハーブとコリアンダー、クローブ、カルダモンといったスパイス類からレモンの果皮、アロエ、しょうがなど全27種類の植物と香辛料を使って、マスター・ディスティラー(蒸留責任者)の確かな経験と技術によって時間をかけてじっくりと造られる。

中世の薬草医学

当時ヨーロッパでは修道院が医学の中心であり、薬草が医薬品であったため、こぞって薬草酒が作られていった。数多くのハーブが薬草として使われる中、アンジェリカの根もまた、万能薬の一つとされていた。ペストがヨーロッパ中を襲ったとき、医師たちは患者のところへ往診する際に、病人を治すためと自分が感染しないためにアンゼリカを携えていった。黒い仕事着ですっぽり体をくるみ、患者のところに現れたので、まるでカラスのようだった(のちにペストマスクと呼ばれるようになる)が、その仕事着の下でアンジェリカの1片を首にぶら下げ、ときどきそれを食いちぎって噛んでいた。



特異な衣装を身にまとい黒死病と戦った17世紀ヨーロッパの「ペスト医師」
*17世紀から18世紀のヨーロッパに蔓延した黒死病と戦った「ペスト医者」と呼ばれる専門医たちを描いた当時のイラスト。空気感染すると信じられていため非常に特異な衣装を身につけて診療にあたっていたようだ。

前述のパラケルススが語るところによれば、彼は弟子に空疎な書物による知恵をたくわえるのではなく、患者を治そうとする植物を自然のなかで理解することをすすめ、アンジェリカは当時どんな感染をも防止する薬だとした。またイタリアの植物学者のマッティオリ(1500年-1577年)は著書『薬草書』のなかで「さてここで、かの高貴で名高い薬草を有していることを想起しよう。この草は徳高きがゆえにもろもろの毒、とりわけペストに抗するため、金でも買えないほど貴重で、それは数多くの経験が実証している」と記している。
マッティオリ

中世の時代にはあらゆる病気に効き、いかなる感染をも防ぐ高価な“秘薬”が流布し、製造者も売人もその成分を秘中の秘としたが、その処方のいくつかはやがて知られるようになり、現在もなお作られている。これらの秘薬のなかには大抵アンジェリカが含まれていた。その秘薬のひとつだった「テリアカ」についてもいろいろ噂が飛び交い、さまざまな記述がなされた。さまざまな植物を粉にして蜂蜜とワインとともに混ぜ合わせてつくったものだった。 リンドウ、カノコソウ、ショウブ、ショウガなどと並んで、アンジェリカも常にテリアカの重要な成分だった。(テリアカは古代から中世にかけてのヨーロッパの秘薬の一つで、日本でも鎖国時代、大名がオランダ商人を通じて秘薬テリアカを入手しようとしていたほどの秘薬だったらしい。)

手作りのハンガリアンウォーター

また感染の危険性が大きい時代であった中世では「生命の水」も高く評価され、治療士、医師、薬草掘り、錬金術師、理髪師(兼外科医)は自分の患者に万能の生命の水を処方した。ご存知の方も多いと思うが、生命の水とはハーブの成分をアルコールなどで抽出したフローラル・ウォーターのことで、当時は有名なハンガリアンウォーターなどがあった。 ずっと後の現代になってこの「生命の水」を大量に適用したことが抗酸化作用として有効だったことが確かめられたが、アンゼリカ、シナモン、ラベンダー、ローズマリー、タイムなどのその成分の多くは、強力な抗菌作用をもつ含有物質を有していたためであった。 またニコラス・カルペッパーが示した通り、すでに病気になっているとき、感染性疾患、消耗性疾患、手術後などにも、アンジェリカは体力を増強してくれる。精神的、肉体的性質のあらゆる衰弱状態における強壮剤で、衰弱、気力喪失などの際に神経を強くする。このように、ヨーロッパでは、「アンジェリカはほぼ全ての病を治す」と信じられてきたわけだが、以下に簡単に現代の民間療法と機能性について整理しておく。

アンジェリカの民間療法と機能性

ヨーロッパ特に、ドイツやフランスなどでの民間療法では風邪の治療に、とくに咳止めとして内服されている。さらに、吐き気、胃腸の痙攣、生理痛に用いられる。チャイニーズトウキ(唐当帰)が主に漢方薬の婦人薬として方剤とされるのに対し、アンジェリカは苦味、芳香性のトニックとして胃液や胆汁の分泌を促し、消化不良や食欲不振を改善するハーブとして用いられ、ハーブティーとして服用される以外にも、苦味、芳香性のトニックとして胃液や胆汁の分泌を促し、消化不良や食欲不振を改善するハーブとして用いられている。また発汗作用や利尿作用をもち、身体を温めることから冷え症や更年期の気力、体力の衰えに使用される。治療で使われるのは、根の部分で2年目から発達してはげしく枝分かれし風味豊かな香りを放つ。この香りには濃度の高い苦味成分と精油成分を含み、これらの成分が胃液の分泌と胆汁の流れをよくして、消化を助ける。利尿剤としても使われ、精油は神経性の不眠症にもよいと利用されている。 このアンジェリカの鎮静作用や駆風作用のメカニズムは成分がカルシウム拮抗剤として働くためと考えられている。精油成分の「フラノクマリン (アンゲリシン)」という成分には、血液やリンパの巡りを良くしたり、血管の詰まりを防止する働きがあることが知られる。



アンゲリシン


そのため血管・血流改善、心臓病、高血圧、むくみなどにも有用で、女性にとっては、身体が温まることで冷え性や肩こりにも期待できる。また骨盤内の血行も活性化されるので、生理をスムーズに正常化させるように働き、PMSや生理に伴う下腹部痛・腰痛、生理不順、月経過多、貧血などに有用とされる。 加えて鎮静・精神安定作用などにより、生理前のイライラや気分の落ち込みなどのストレスを緩和してくれる。女性のためのハーブと言われる所以だ。また同じ精油成分でアンゲリカ酸(Angelic acid)も鎮静効果の成分として知られる。



アンゲリカ酸


ローマンカモミールなどにも多く含まれる。これらの香りはムスクの香りに似ていると表される事が多く、大地に根差した感じの香りだ。中世のハーバリストたちや錬金術師が愛した香りなのだ。例えば、色々な事が身の回りで起こって落ち着かない時や軽いパニック状態に陥りそうな時に使ってみて欲しい。気持ちが落ち着いて心を安らかにしてくれる。

アンジェリカの安全性

最後に、トウキの仲間であるということは薬効も強い分、安全性にも言及しておきたい。根から抽出された精油に含まれるフラノクマリン類(furocoumarins、furanocoumarin)は、光過敏症(光感作)の要因となることが知られている。 また妊娠中には使用しない、長時間の直射日光の照射は避けるという使用上の注意事項があるので、注意が必要である。AHPA(全米ハーブ製品協会)の安全性ハンドブックでは、クラス2d(妊娠中は使用しない)となっている。 2007年に欧州医薬品庁 (EMEA) は、HMPC (Commission of Herbal Medical Products) が加盟国の要請により行ったアンジェリカ由来のハーブ製品の使用に関連したリスク評価の結果および結論を公表している。 この情報はアンジェリカ由来のハーブ製品が含有しているフラノクマリン類に注目し、その安全性 (光毒性および発がん性など) を評価したものだ。 結論としては、Angelica archangelica L.は多くのフラノクマリン類を含有しており、ヒトにおいて健康被害をもたらす可能性があることなどが記載されている。 またカナダでは規制により非医薬品の原料として経口製剤に利用することは禁止されているが、アメリカではFDAがGRAS (generally recognized as safe、普通の使い方をする限り一般的に安全) としており、アンジェリカを利用したサプリメントが流通している。 日本では全草が「医薬品的効能効果を標榜しない限り医薬品と判断しない成分本質 (原材料) 」リストに入っている。つまり精油やサプリメントなどのように抽出濃縮物を使用する場合は、注意が必要だが、食材として利用する分には、一般的に安全であると言える。ポジティブに使ってもらいたい。 前述のベネディクティンといった薬草酒やハーブティや食材として、上手に生活に取り入れて使ってもらいたいものだ。 (文責 株式会社ホリスティックハーブ研究所)


【参考文献】
「ハーブの歴史」ゲイリー・アレン著 「基本ハーブの事典」北村佐久子著 東京堂出版
「中世の食生活」B・A・ヘニッシュ著 藤原 保明 訳 「修道院のレシピ」猪本 典子著
「大地の薬」スザンネ フィッシャー・リチィ著
「西洋中世ハーブ事典」マーガレット・B・フリーマン著
「カルペッパー ハーブ事典」 ニコラス・カルペッパー著
「中世ヨーロッパの生活」ジュヌヴィエーヴ・ドークール著大島誠訳
「魔法の植物のお話:ヨーロッパに伝わる民話・神話を集めて」 浅井治
「日本薬草全書」田中俊弘著 新日本法規 「漢方実用大事典」学習研究社
「健康・機能性食品の基原植物事典」佐竹元吉ほか著
「メディカルハーブの辞典」 林真一郎編集
「薬用ハーブの機能性研究」 健康産業新聞社
「The Green Pharmacy」 James A Duke著
「The complete New Herbal Richard Mabey著
「Botanical Safety Handbook」アメリカハーブ製品協会(AHPA)編集
 Proceedings of the National Academy of Sciences
 NIH National Library of Medicine’s MedlinePlus

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