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リンデン Linden flower
心身の緊張を和らげてくれるハーブ。質の高い睡眠を確保してくれます。
学名:Tilia europaea
和名・別名:セイヨウボダイジュ/ライムツリー
科名:アオイ科(シナノキ科)
使用部位:花部、葉部
植物分類と歴史
リンデンは西洋菩提樹とも呼ばれています。ヨーロッパでは街路樹で見かけることも多く、10メートル以上にもなる大木で多くの人に親しまれているハーブです。強い樹性と葉や花の美しさから、街路樹や公園、広場の木として好んで用いられ、特にドイツ・ベルリン市街のメインストリート、ウンター・デン・リンデンの並木は有名です。
北半球の温帯に約30種が分布するボダイジュ(菩提樹)の仲間で、同じシナノキ属のティリア・コルダタ(フユボダイジュ)と、ティリア・プラティフィロス(ナツボダイジュ)の自然交雑種と考えられ、ヨーロッパ東南部を中心に植栽される落葉広葉高木です。
少し気品を感じさせる甘い香りのするハーブで、ファルネソールと呼ばれる精油成分が特徴の香りです。シューベルトの歌曲「菩提樹」(リンデンバウム)としても有名です。ヨーロッパでは古来、聖木とされ、集会や裁判、結婚式など重要な儀式がこの木の下で執り行われて、多くの伝説も残っています。
●リンデンの歴史
リンデンは古代ヨーロッパでは「神聖な木」とされてきた。 ケルトやゲルマン人にとって、リンデンは「裁きの樹」であった。この樹の下で集会や審理がとり行われたのだ。なぜならこの樹によって真実が明らかにされると信じられていたからだ。またコミュニケーションや喜びの場でもあった。
愛と豊穣の女神フライヤの樹の下に、人々は集い、飲んだり、踊ったり、村の祭りを行ったり、情報を交換したりした。そしてまた、ボダイジュは長い間聖なる木材として考えられてきた。今でも多くの聖なる像がこの樹から彫られている。 あの有名な中世のドイツの彫刻家リーメンシュナイダーも、聖像、祭壇、キリスト降誕像をリンデンで刻み、木靴や、鍵、さじなどの日用品なども、しばしばこの樹で作られた。
聖ヤコブ教会内にあるリーメンシュナイダーの木彫り彫刻(ローテンブルグ)
ところで、オーク(楢なら)の木が男性に例えられることが多いのに対して、菩提樹は女性に例えられることが多い。ドイツでもリンデンにまつわる神話や民謡が数多く残され、リンデンの花言葉は「夫婦愛」で「相思相愛の木」、「恋愛の木」としても知られている。葉の形がハート形をしていることにも由来する。
例えばギリシャ神話のバウキスとピレモンという老夫婦の話が知られている。
リンデンといえばこの逸話が有名なので、ちょっと紹介しておく。 ある日、全能の神のゼウスは人間に姿を変え、末っ子で旅の神、情報通のヘルメスを従え旅にでた。人間たちは、自分たちと同じ身なりをした神々に、誰ひとり見向きもせず、逆に見知らぬふたりをいぶかしむ始末。その途中で出会ったバウキスとピレモンという老夫婦だけは、貧しいながらも、心から二人をもてなした。
ゼウスは、いたく感銘し、褒美を老夫婦に尋ねたところその老夫婦はこう答えた。「私たち二人、死んでも離れ離れにならないように。それが願いですと。」その後死期を悟った老夫婦は手をとりあい無言のまま歩き出す。すると人間の姿が消え失せ、いつしか老木に姿を変え、その老木から枝が伸びて葉が茂っていった。ゼウスの力で夫バウキスはオークに、そして妻ピレモンは、菩提樹(リンデン)に姿を変え、末長く仲良く並び寄り添うように暮らした。
のちにこのエビソードは、深い、深い夫婦愛の象徴として、ギリシャ中に語りつがれる。
バウキスとピレモンの寓話
かたや北欧の地では悪名高き「ドラゴン」の守護の木とされ、ドラゴンは『リンデン樹の下の蛇』たちと呼ばれ、その後ヨーロッパ全土に悪魔の使いとして、古代ローマの聖ゲオルギオスや中世ドイツのジークフリート卿との壮絶な闘いを繰り広げることになる。そんなときもリンデンはドラゴンの癒しの木として、何百年、何千年も、無償の愛を与え続けた。と言い伝えられている。そのためリンデンが竜の棲む木とされている理由でもあったようだ。
聖ゲオルギオスとドラゴン(ラファエロ画)
*奥に見えるのがリンデンの木であろう。
これらは全て逸話、伝説の世界だが、古くからヨーロッパでは、愛を与える木として、人々に親しまれてきたのだ。恋人たちはリンデンの木の下で「永遠の契り」を語り、老夫婦は「末裔までの永久の愛」をリンデンの木の前で誓いを立てた。後のゲーテは愛する人の名をこの木に彫って「永遠の契り」を交わした。前述のシューベルトは失恋した青年が絶望し、さすらいの旅に出て、最後に自害するまでの悲しい物語、歌曲「菩提樹」の中で「ここならば安らかに眠れる」と「死」という永遠の安らぎをリンデンにゆだねた。このときのリンデンは青年を何も言わず、ただ優しく包み込んで彼のありとあらゆる気持ちを静めてくれたのかもしれない。(昔のヨーロッパの映画の最後のシーンで、シャンゼリゼやブランデンブルク門の大通りにリンデンの木が植えられている中、恋人たちや主人公が静かに去っていく、という一幕がよく出てきたのを思い出す。)
また子を持つ母は、わが子が風邪で寝込んだとき、リンデンの優しい香りとハートの形をした葉っぱを使って、優しく湯船に浮かべてお風呂に入れたり、その香りをお茶にして飲ませ、熱を鎮めた。
このようにヨーロッパの人々にとって、リンデンは安らぎの場所であり、時には母のような優しさと、時には父のような厳格で何も言わずただただ、大きく包み込んでくれる、そんな大きな、大きな、存在としてリンデンを崇め、いつも共に暮らしていったのだ。そういえばドイツ語圏の地域にはリンデンの名のついた街がとにかく多い。ドイツ国内だけでもリンダウ、リンツ、リンデンベルク、ライプツィヒ(スラブ語のlindeからきている)、などなど1000以上も存在するそうだ。
中世ヨーロッパでは、リンデンは村の井戸の傍・教会の脇・路傍の十字架像の横・共同牧草地・村のはずれ・丘の上・泉のほとりなどに植えられ、豊かな芳香・心地良い陰樹を提供してくれるだけではなく、コミュニケーションの場として女たちはその下でおしゃべりをし、リンデンの下で裁判・祝祭・忠誠の誓い・結婚式が行われた。
また「運命の木」「家族の守り木」であったため、リンデンが死ぬ(枯れる)と部族が消滅すると信じられ、逆にわざと切り倒して家族を没落させるということもあったようだ。
語り始めたら、まだまだ出てきそうなので、この辺にしておきたい。
成分ほか
精油(ファルネソール)/フラボノイド配糖体(ルチン、ヒペロシド、ティリロシド)/粘液質(アラビノガラクタン)/タンニン/フェノール酸(カフェ酸、クロロゲン酸)
安全性基準
安全性:クラス1(適切に使用する場合、安全に摂取できるもの )
相互作用:クラスA
(Botanical Safety Handbook 2nd Edition 学術データ(食経験/機能性)
<食経験と機能性>
リンデンのファルネソールという成分にほのかな甘い香りがあり、万人に好まれるハーブです。味は癖がなく非常に飲みやすく、オレンジフラワーとのブレンドは有名で「オレンジリンデン」と呼ばれています。
そのほか、エルダーフラワーのような利尿作用のハーブと組み合わせると、風邪のひき始めなどにもやさしいですよ。ほっとするやさしい味わいです。
子どもには、リンデンと少しのペパーミントを入れて飲ませると咳がおさまります。 リンデンのハーブティーは甘い香りを漂わせ、フラボノイド配糖体と精油(ファルネソール)の相乗効果により、心身の緊張を和らげます。
夜、おやすみ前の1杯によって質の高い睡眠をもたらします。
また鎮静作用と利尿作用を持つことから、高血圧に用いられたり、風邪の引き始めに服用すると発汗を促して治りを早くしてくれます。いずれも作用が穏やかなので、お年寄りや子どもにも安心して用いることができます。
そのほかフラボノイド、粘液質、サポニンといった成分が含まれ、消化機能を促進させたり、消化を手助けしてくれたりします。リラックスしたいとき、眠れないときにも効果があります。高血圧、生活習慣病予防にもよいと言われています。
肌を守る効果もあると言われ、ハーブティーとして飲むだけではなく、肌ケア用ローションとしてもよく使われます。まさに万能ハーブといえるかもしれません。
(文責 株式会社ホリスティックハーブ研究所)
参考文献
「魔女の薬草箱」西村佑子著 山と渓谷社
「ハーブ歳時記」北村佐久子著 東京堂出版
「ハーブの歴史」ゲイリー・アレン著
「基本ハーブの事典」北村佐久子著 東京堂出版
「中世の食生活」B・A・ヘニッシュ著 藤原 保明 訳
「ケルトの植物」Wolf‐Dieter Storl (原著)
「世界樹木神話」 ジャック ブロス, Jacques Brosse (原著)
「カルペッパー ハーブ事典」 ニコラス・カルペッパー(著)
改訂新版「日本の野生植物」佐竹義輔、原寛、亘理俊次、冨成忠夫編
「健康・機能性食品の基原植物事典」佐竹元吉ほか著
「メディカルハーブの辞典」 林真一郎編集
「Botanical Medicine for Women’s Health, 1 &2 edition 」Aviva Romm CPM RH(AHG) 著
「The Green Pharmacy」 James A Duke著
「The complete New Herbal Richard Mabey著
「Botanical Safety Handbook」アメリカハーブ製品協会(AHPA)編集
Proceedings of the National Academy of Sciences 健康食品データベース第一出版Pharmacist’s Letter/Prescriber’s Letterエディターズ編
(独)国立健康・栄養研究所 監訳
【参考文献】
1)Curr Microbiol. 2009 Aug;59(2):118-22. Epub 2009 Apr 14.(PUBMED)
2)Gomes FI, Teixeira P, Azeredo J, Oliveira R. (PUBMED)
3)IBB-Institute for Biotechnology and Bioengineering, Centre of BiologicalEngineering, University of Minho, Campus de Gualtar, Braga, 4710-057, Portugal. (PUBMED)
4)Choi HR, et al., Peroxynitrite scavenging activity of herb extracts. Phytother Res. 2002;16: 364-367.)
5)Otoom SA, et al., The use of medicinal herbs by diabetic Jordanian patients. J Herb Pharmacother. 2006; 6: 31-41.
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